今週はNational Robotics Weekということで、全米各地でロボット関連のイベントがあった。シリコンバレーではこれまでに何度か触れてきたSilicon Valley Robotics (SVR) Robot Block Partyを開催し、多くの人が訪れたようだ(日本からはPepperや川崎重工のロボットの展示があったようだ)。筆者はというと、テキサスのSan AntonioにあるSouthwest Research Institute (SwRI) が主催するROS Industrialの3日間のトレーニングに行ってきた。一人2,000ドルもする企業向けのセミナーなのだが、偶然ROSのコミュニティで発見し、オープンソースソフトウェアの開発に協力する代わりに特別価格で参加させてもらうことができた。トレーニングの合間にはSwRIの施設を見学させてもらい、開発中の自動運転車や産業ロボットを見せてもらった。日本人には馴染みの無い研究所とセミナーであり、開発中の産業ロボットが面白い取り組みだったので、備忘録として纏めておく。

非営利・受託研究開発機関が主導するROS-Industrial

まずSwRIが何者なのか、ということに触れておきたい。SwRIは政府や企業からの受託研究開発を専門とする非営利・独立系の機関だ。San Antonioの広大な土地に、所属する約3,000人の研究者全員が自分の部屋を持てるのが自慢というほど、様々な建物が並んでいる。研究分野としては宇宙、軍事防衛、応用物理、化学などがあり、年間約600億円の売上を上げている。国内外のクライアント企業からの依頼による研究開発が多いため、基礎研究よりも応用に力を入れているとのことだ。

今回お世話になったのはSwRIの中でもAutomation & Data Systemsという部門に属するRobotics & Automation Engineeringというグループだ。主に製造業の設計・製造プロセス向けの自動化、マシンビジョン、ビジュアライゼーションなどの研究開発を行う傍ら、ROS-Industrialのコンソーシアム運営とオープンソースソフトウェアの開発主導を行っている(SwRIの他には、欧州のフラウンホーファーやデルフト工科大学も関わっている)。クライアントとの契約次第ではあるものの、クライアントワークを通じて開発されたソフトウェアはROS-Industrialのコミュニティにもフィードバックされることが多いようだ。

現在ROS-Industrialが公式にサポートしているロボットアームはABB、Universal Robotics、Fanuc、Motoman (Yaskawa)の4社となっている。なぜこの4社なのかという質問をしてみたのだが、「SwRIのクライアントが使っていたから」というごく単純な理由であった。結局ROS-Industrialの開発はクライアントワークベースで進められるがゆえに、SwRIのクライアントがどのロボットアームを使っているかでその後の標準が決まってしまうというのは、たまたま選ばれなかったハードウェアメーカーにとっては大きな損失だろう。

ROS-Industrial:投資対効果に見合う産業ロボット向けオープンソースソフトウェア

説明が遅れたが、ROS-Industrialとは、ロボットのアプリケーション作成を支援するライブラリとツール(ハードウェア抽象化、デバイスドライバ、視覚化ツール、メッセージ通信、パッケージ管理など)を提供するROS (Robot Operating System)を、産業ロボット向けに拡張したものである。ソフトウェアの開発をハードウェアと切り離すことができるようなインターフェースが組まれている。利用可能なアプリケーションのイメージとしてはこちらのビデオを見てもらうのが分かりやすい。逆運動学に基づくモーションプランニングやロボットの位置推定、3Dのパーセプションなど複雑度の高い計算をGUIで簡単に行うことができる。

ros_industrial_architecture.png

技術的には複雑なタスクをこなせるようになっていた産業ロボットであるが、 細分化されたタスクのそれぞれをこなすロボットへの新規の開発やスイッチングに関する投資が、生産性向上により得られる利益増幅に見合わないということで、下記グラフが示すように実際の売上は寧ろ下がっている。こうした状況に対し、ROS-Industrialがオープンソースソフトウェアとしての開発を継続することによって、現場で使えるレベルのソフトウェアを低い開発コストで導入できるようになったというわけだ。

IndustrialRobotSalesGraph

今回、3日間のトレーニングでは、初日にROSの基本的な使い方とROS-Industrialにおいてロボットモデルを記述するURDF (Unified Robot Description Format)について学んだ。続いて、2日目はROS-Industrialで使うことのできる具体的なパッケージとして、モーションプランニングに用いられる「MoveIt!」や、塗装などロボットアームの自由度を最大限必要としない状況での高速なモーションプランニングを実現する「Decartes」、パーセプションの際のPoint Cloud Libraryの使い方などを学んだ。3日目は各自学びたいことを選択できる仕組みになっており、2日目のパッケージをインストラクターのもとで更に学んだり、実機を繋いで動かしてみたり、といった内容だった。なお、トレーニングで使われた教材は全てROS-IndustrialのWikiで公開されている

農機・航空機メーカーにとって念願の自動化が実現間近に

トレーニングの参加者は全員で20名弱であり、有名どころとしてはABBや3M、検査装置を手掛けるIDEXX、農機のJohn Deereといった企業から来ている人がいた。半年毎に開催しているらしいが、前回はBoeingからの参加者もいたようだ。要は、自動車のような少品種大量生産型の企業ではなく、農機や飛行機など中〜少量生産型の企業からの注目を集めているということだ。

実際に開発中のロボットを幾つか見せてもらったので紹介したい。1つ目は、ロボットアームの先端にKinectを取り付けることで取得した対象物の3Dキャプチャにより、バリ取り用のパスプランニングをティーチング無しで行えるようになり、手間を削減できるというものだ。

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2つ目は個人的に一番気に入っているアイデアだが、平行移動用の台座に取り付けられたロボットアームとKinectを使うことで、薄板向けの塗装をロボットで置き換えようとするものだ。航空機の製造ではそもそも共通の部品が少ないことに加えて、薄板であるがゆえに例え3D-CADのデータを持っていたとしてもロボットで作業をするうちにデータと実際のズレが生じてしまうことが問題であった。これに対して、データを作業中も更新し、それに伴って塗装のパスも更新するというダイナミックな打ち手によって解決を試みている。

3つ目は写真が無いのだが、ベルトコンベア上を流れてきた不定形かつ相互に重なっている場合もある郵便物を、バラ積みピッキングの要領で別のコンベアに移すロボットで、物流系の企業からの依頼案件だ。画像認識と機械学習を用い、従来は人が行っていたタスクを置き換えようとしている。中量産型のメーカーからすれば、どうしても自動化を進められなかったプロセスであったから、ひとたび成功事例が出てくれば、こぞって利益改善のために導入を進める動きが出てくるだろう。

トレーニング中にROS-Industrialの父であるShaun Edwards氏の話を聞く機会があったのだが、現在はキャリブレーション、パスプランニング、ティーチングの自動化に注力しているとのことだった。

ROS-Industrialのキーマンが取り組む、眼と頭を持つ賢いロボットアームのポテンシャル

Shaun氏はSwRI在籍中の2011年から、客員研究員としてWillow Garageに移り、当時家庭用ロボットばかりを研究していたWillow Garageのメンバーを尻目に産業用ロボット向けのソフトウェアの開発を始めたという。それが今では(以前の記事で書いたように)多くのシリコンバレーのロボットスタートアップが産業用途に特化したロボットを作っている現状を、にやりと笑いながら語っていた。

そんなShaun氏と共にWillow GarageでMoveIt!を開発していたのがKinema Systems社を創業したSachin Chitta氏だ。しばらくはステルスモードということで具体的に何を作っているのかは公にされていなかったのだが、今週初めて彼らが開発した製品が公開された。「Kinema Pick」と呼ばれるこのソフトウェアを使えば、パレット上にランダムに置かれた箱をキャリブレーションレスでピックアップすることができ、また、学習機能を備えているため次に同様の箱を扱う際にはより正確・高速な動作を実現できるとのことだ。タブレット型の端末で簡単に操作できるなど、使い勝手へのこだわりも伺える。ウェアハウス内でこれまで人が行ってきた複雑なタスクを置き換えていくことを狙っている。

画像認識(眼)・機械学習(頭)とロボットアームを組み合わせることにより(更にそれがオープンソースで開発されることにより)、これまで人がやったほうが短時間・低コスト・正確にできていたタスクすらロボットが担うようになっていく。大量生産で対応できる産業向けにはある程度導入が進み、今後は顧客プロセスごとのカスタマイズが必要なため緩やかな成長を見せると思っていた産業ロボットだが、基礎研究よりも開発に重きを置くSwRIやスタートアップのKinema Systemsが既に完成間近というところまで来ていることに驚いた。Googleが取り組むクラウドAI型のロボットアームの動向と併せ見ると、工場で人ができることはロボットのモニタリング・メンテナンスだけ、という時代は思っている以上に早く訪れるのかもしれない。

参考資料

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